ホームシックご用達専用サイト
自分がPMDDだと自覚し、
私がカナダ・モントリオールに
渡ったのは2008年9月のこと。
しかし、しばらく症状は落ち着きませんでした。
現地では英訳した診断書で
一人分のお肉が買いにくいこと、
家族と離れたということ、
そして薬に疑問を持ち始めるようになり、
*突然の断薬や減薬は症状の悪化につながることもあるため、
・一人になった
・窮屈な日本の労働時間から抜け出せた
・カナダという国柄が自己表現に適していた
・様々なストレスの軽減
・新しい行動や出会いがあった
・菜食主義になった(栄養摂取の変化)
・糖質や脂質などの摂りかたに気を付けていた
・特にカナダはオメガ3の摂取に先駆けていた
これらの理由で、少しづつ体質が変わる
カナダ滞在中は、
最終的には包丁を持ち出し、
その時は、またあの悪夢がよみがえり、
そして最終的には私の症状に怯え、
カナダのビザが切れる3週間前でした。
それまで培っていたヨガをあきらめられず、
インドでも、アーユルヴェーダを始め、
そして日本に帰ってきた2011年9月には、
カナダ・アメリカ・インドにおいて
森井恵子のラジオ!
PMSやPMDDのお役立ち情報を発信しています
おいしいホームシック生活。
もう多くの方がお仕事も終わり、年越しの準備でしょうか?
わたしは相変わらず“ホームシック”状態ですが、ノエルも終わり、大好きなおそうじモードにただ今、切り替え中!!
掃除をしていると、掃除に集中しているので余計なことを考えずにすみます。
年末年始のアイロンがけは、大体、日本の曲を聞きながら、大声で歌いながらやっています。
これもまた、気分が変わっていいのです。
と・・・・こうして書いていると・・主婦というのは“思いっきり何かをする”ことが出来ないのだなあ~~と、感じます(笑)
さて、25日。子供たちはこの日を心待ちにしていました。
子供たちはそれぞれ私たちに手作りのカードをプレゼントしてくれました。
この折りたたみ傘は義母から。
子供たちが「ママに似ている!!」って言うので、一緒に撮ってみました。
次女は私たちだけでなく、お姉ちゃん、お兄ちゃんにも手作りカード。さらにそのカードを手作りの包装紙で包んで。
これはお兄ちゃんに渡したカードの包装紙。
25日のランチはシャポン(去勢鶏)をお料理して。毎年、ノエルのランチは彼がシェフとして張り切ります。
シャポンはとっても脂がのっていて、通常の鶏よりも焼くのに時間がかかります。
この日は3時間半くらいかかったかな?たっぷりの野菜とともに。
前菜にはフォアグラですよね~~~。基本的に1年に1回しか家では食べません(笑)
焼いたブリオッシュと。
ノエルが終わった後から、一気に気温が下がり、耳や頬が痛くなるほど。
でも空は青く、とっても寒いけど歩いていて楽しい。
この日は義母が南仏に戻る日。
前々から観たいと思っていた“ボヘミアン ラプソディー”を観に行きました。前日は満席だったのに、この日は朝1番の回に行ったら、観客は15人ほどでした。
長女は全身黒コーディネート。義母も来ているし、私は歩きながら必死にみんなの写真を撮っていました。
子供たちも勿論、Queenの曲はよく知っていますが、どんなグループなのかは知りません。それこそ顔だって知りませんでした。
最初は「あ~~あの曲の人たちか」くらいの感覚で映画館に足を運んでいたと思います。
義母や彼や私の興奮とは違って。
私も曲は大好きですし、素晴らしいグループだなとは思っていました。
でも彼らの歴史は全く知りませんでした・・・
映画館、すいていてよかった・・
上映中、ライブシーンでは足や体が思いっきり動いてしまっていました。泣きました。温かい気持ちにもなりました。
映画が終わって席をたったとき・・子供たちが興奮しているのが分かりました。
まだ、ここにいて、余韻にひたっていたいという感じが伝わってきました。
この時から・・我が家では朝から晩までQueenの曲が流れています。子供たちはカラオケで歌詞を必死に覚えながら歌っています。
「また、もう一度、観に行きたいねえ」と話しています。
もっともっと彼らの歴史を知りたくなっています。
熱烈なQueenのファンの方々にとっては物足りない内容だという評価になっていると聞き、逆にそういったファンの方々が是非シナリオの中に入れてほしいと思った話は、
どんな話だったのだろう?と知りたい病になっています。
「いろいろな本が出ているし、今はとても話題になっているからドキュメンタリー番組などもインターネットから見られるし、知りたいと思った時にどんどん情報を吸収したらいいのよ!!」
というわけで、我が家はQueenな毎日です。
掃除しながら、Queenを聴き、一緒に歌ったり、踊ったりしていて。それをいつの間にか長女が録画していました(笑)
「ママ、みんながママはものすごくクールで大好きだって」
「なんで急に?」
「ママが踊っているの、仲良したちに送っちゃった・・・・」
「ひえ~~~」
猫のアドヴァイス、ありがとうございます。
キャットタワーあります。
おととい、病院に連れていくときに、移動用のバックに入れたのに、ちょっとの隙間から顔を出し、この隙間じゃ体は無理だろうと思っていたのに、身体もふにゃふにゃって抜けだして大騒ぎでした。
ピュイックと、ONEKOでいたづらばかりするので・・・・本当に大変ですが、楽しんでいます。
みなさま、お正月の準備で大忙しだと思いますが、疲れが出ないように、無理をしないようにしてくださいね。
どうぞよいお年をお迎えくださいね。
ホームシックで生活の質の向上を目指す
ちょっくら年初から早くもブログアップをサボり気味なキリギリスです。
だってさー。12/14から大晦日まで17日のアメリカ行き。その後も、日本の実家で寝正月。
やっと1/9に仕事復帰するも、年明け早々に今度はミシガンで世話になっていた親友が日本に来たり・・・と、イベント目白押しで、なかなかバケーション気分が抜けないんだもーん。
そうこうするうち、なーーーーーんと、やられました。
インフル。
先週あたりは全くもって笑えない状況になったわけですが、やっと回復して元気になっている今日このこの頃。今週から完全に復帰してますが・・・
ふと見たら、もう今日は1月30日じゃありませんか!
アメリカから帰国してから早くも1ヶ月!!!
・・・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
え?!
なんか、私だけ時空をワープでもした?!
って感じになっています。ほんとに早いー。
もう1年が12分の1は終わったんだね。きゃーーーー!
そして現在、キリギリスの通うオフィスでは、インフルが蔓延し、日々バタバタと犠牲者が出ています・・・。みなさまもお気をつけください。
ところで、今回3年ぶりにアメリカのホストファミリーのところへ里帰りしたわけですが、日本に帰国してから、自分でも驚くほど落ち込みました。
ちょっとねじれ現象ですが、いわゆるホームシック みたいな感じ。
いや、確かに、
日本出身だし。日本人だし。日本にずっと住んでるし。自宅も実家も日本だけど・・・。
なんだか、アメリカのファミリーのこと、ティーンから30代頭までを過ごしたアメリカでの生活、当時の思い出、アメリカにステイしていたら得られたであろう未来像、アメリカ時代の思い出・・・
いろいろなものが、ぐるぐる頭を回って、何だか非常に切ない。
なかなか気分が上げられないでいます。
いろいろ考えても、合理的な理由も意味もわからない憂鬱に襲われていて、なかなか浮上できない。アメリカの生活 vs 日本ってことで、あっちが良いと思っているわけでもない。どっちもどっちだし、どっちも好き。
でも、根本にはね、もっと時間的なものがある気がします。
ミッドライフクライシスってやつかもしれません。遅ればせながら。
キリギリスのアメリカ時代というのは、自分にとっては子供から大人になるティーンから30代始まりくらいの期間。
その後の人生や自分の大人としてのアイデンティティを造る時期だったと思います。
その後、30代40代は、日本で通訳として生活してきて、短期間はシンガポールに出稼ぎに行ったりしたわけですけどね。
なんか、アメリカ時代を懐かしむこと、それはすなわち青春時代を振り返る感傷とも同義なのかもしれません。
私というやつは、ほんの最近まで、過去を振り返ることはほとんどなかった。いつも前ばかり、次のことばかり考えていた。3年前にも、同じようにクリスマスをアメリカのホストファミリーと過ごしたけど、こんなに感傷を感じたり、ホームシックにもならなかったのですがね。
何が変わったんだろう?たったの3年で?
そう考えて、結局思い当たるのは2年前の冬に受けた、乳がんの診断ですかね。やっぱり。
2017年2月1日に手術。今度の2月で2周年になる・・・
そういうもろもろの現実が、2年をかけて、紙に染み込む水のように、ジワジワっと自分の中で広がっていっているのかも。
アメリカのファミリーも歳をとっていた。
驚くほど体が衰えていたし、精神的にも弱くなっていました。
そして、自分にも気持ちの変化があったのだと思います。
いろいろなもの。家族にも、人間にも、終わりがある。
そんな普遍で単純な真理を、今までは本当には実感したことがなかったんだと思う。
自分ごととして、引き寄せて感じることがなかった。
だから、今になってホームシックになっています。アメリカに。ミシガンに。アメリカのファミリーや友人に会いたくて、ホームシック。限りある時間だと気づいてしまったんで、もっと一緒に過ごしたくて、ホームシックです。
こういう気持ちって、乗り越えられるのかな?慣れるもの?
↓ミシガンのホームを出発する朝に、Dadがパンケーキを焼いてくれました。
驚くほど背中が曲がっていました。それが切なかった。でも、高校生のころから数えきれないくらい見てきた光景。
週末やお休みには、Dadがパンケーキを焼いてくれる。それがMomが焼くのより、自分で焼くのより、随分と美味しくて、パンケーキはDadが焼く決まりでした。
&
nbsp;
↑得意そうにニヤリ
↓焦げているのはご愛嬌。
お別れの日の朝の、特別なパンケーキ
↓飛行機の中で食べてねって、Momはチョコチップクッキーを焼いて持たせてくれました。
あ〜〜〜あ。
1月も終わるというのに、なかなか気持ちが浮上できない今日この頃。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
なんだかめっちゃめちゃ暗いですね。センチメンタルです。sigh***
まぁ、ビジュアル的には確かにちょっとかる〜くうまうまネタでもあるわけですがね。ま、いくら能天気キリギリスでも落ち込むことはあるってことなんでござる。このセンチさにめげずに、この辺のボタンをクリックすると、キリギリスが喜ぶ仕組みになっております。よろしくおねがいしま〜す
⬇️⬇️⬇️⬇️⬇️
ホームシック 関連ツイート
毎日ライブ、沢山来てくれてる方も気になってたって方もほんまに嬉しいよ〜関西に名前を出してくぞ〜〜〜(^o^)…
ひとり暮らしむり案件〜〜
1ヶ月たってからホームシックなるとか聞いてない〜〜
"だれか今からうちに遊びきて"
来てくださったみなさん
有難うございました!🙇♀️💕
トークどうでした🤔?
私達の事知ってもらえたかな?
終わってから買い物をして
上京したての頃1人でよく来ていたご飯屋さんに1人で来て都会眺めてます!笑
最近ホームシッ…
私、上京して来たときに自分で望んで来たくせに、ホームシックになっちゃって、母にいろいろ理由付けして、最初の頃は毎週末帰ってたよ😁
頼った時に拒否されなかったから寂しさから抜け出せたし、いつ… https://t.co/CGa6GFZ80F