夕立 よーく考えよー。お金は大事だよー。

仕事中に妙な影がちらつく事があった…。

何の気なしに振り向いた時、コピーをとりに席を立った時…。

最初それに気が付いたのは台風の毛で酷い夕立があった日、その程度を確認しようと塾の出口から外を覗いた時だ…。

あの、前も満足に見えないような大雨の中、交差点付近にボーッと立っている人影…。

あの時は傘を忘れた人が雨に濡れる事を諦めて信号待ちをしているのだと思っていた…。

だがよくよく考えれば、その信号のすぐ横に焼肉屋の突き出た屋根があり、信号待ちなら其処でするだろう…と気が付いた…。

次に気が付いたのは…生徒が遅れていて

…まだ来ないか…電話するべきかな…

と迷いながら入口を開けて生徒が来ていないかを伺っていた時だ…。 

階段下にスッと隠れるような影が見えた…。

生徒かとも思ったが、どうやら違ったようだ…。

何故なら生徒はすぐに別の方向から現れ、そして僕が影について尋ねると「誰も居なかった」と答えたからだ。

僕はまた気のせいだと思っていた。

そして次は授業中、何の気なしに入口の方を振り向いた時、ガラスの入口を通して影が立っているように見えた…。

僕は自分の目がおかしくなったと思った。

自分の視野が一部欠けていて、影のように見えるのだと…。

眼科に行こうと思いながら忙しさの中、そのまま放っておくと、今度は塾内の他の誰も居ないブースにそれが見えた…。

…また眼の調子が悪いのかな…

と思いながら、頻繁にそれが起こるわけでもないので、軽く考えていた。

その日の授業終わりに僕はやっと眼科に行く事を考え、いつ頃から影が見え始めたかについて考えてみた…。

…あれは確か…台風の日…だったな…って事は…

とカレンダーを確認する…。

…次は…あいつらが遅れてきた日やったっけな… って事は…。

とまたカレンダーを確認する…。

…で今日…。

…？

僕はその時に初めて、外意的な問題…つまり『本当に何かがいる』可能性を疑い始めた…。

カレンダーを見て確認した結果…『影』を見るのは毎週火曜日…そして時間も記憶にある限り、19時～21時の間に限定されているようだ…。

しかも最初は『交差点』、『階段の下』そして『塾内』…と段々と近付いて来ている…。

…何だこれは…？よくある都市伝説でもあるまいし…

こんな事には慣れっこの筈の僕が全く無警戒だったのは、毎回感じる特有の『悪意』にも似た『嫌な気配』をまるで感じなかったからだ。

…別に怖くもないし、害も無さそうだから、放っといたらどっかに行くだろう…

と考えた僕はある意味かなり強いのかも知れない…(笑)

そして次の火曜日のその時間に意識して注意するとやはりチラチラと彷徨いているようだ…。

…時間を決めて現れる霊か…几帳面やな…

と少し微笑ましくも思えた…が…。

ある時、僕のブースの生徒のすぐ後ろ側のパーテーション越しにこちらを覗くようにそれがいた。

僕は驚いて息を飲んだ。生徒たちもそんな僕を見て怯えていた…。

いつも怖い話で生徒たちを怖がらせて遊んでいる僕のそんな姿は、生徒たちにとっても相当怖かった事だろう…。

それはのっぺりとした真っ暗な影…にしか見えなかった…。

威圧感は無いがやはり良いものとは思えなかった。

…う～ん、どうしたもんやろ…

そうこう悩んでいる内に、火曜日のその時間の生徒が休んだ…。

風邪をひいたとの連絡があったが、ふと僕の頭に過った事は『先週の僕の反応が怖すぎた』つまり『塾は怖いから行きたくない』…だ。

…そんな噂は…経営者としてちょっとまずい…。

と不安に思い、違うブースにいた彼女の友人に彼女が何か言っていなかったを聞くと、彼女は確かに最近ずっと体調が悪いそうで、その日も病欠で学校を休んでいたとの事が聞けた。

とりあえず僕の不安は杞憂だったと納得できたが、いずれはそれが現実になる可能性もあり得る…。

…どうにかしないと駄目かな…。

と思い部屋を注意して見てみる…。するとその日に限ってちらつく影は見当たらない…。

…あら…几帳面に来ていたのに…今日はいないのかな…

と思った時に気が付いた…。

『曜日』『日時に几帳面』。『僕に害意は無さそう』…。『塾以外では出ない』そして『今日は居ない』『生徒の体調が悪い』

…これは…僕じゃなく生徒に憑いてるんじゃないか？

段々と近付いて来ていたのは僕にじゃなく、生徒に…。

とすれば、先週の時点でブースのすぐ後ろまで来ていた…。

…どうしよう…

と考えている内に、彼女は入院してしまった。

親は「大した事は無い…。すぐに退院するので心配いらない」と言っていたが、僕はあの黒い影の仕業としか思えなかった…。

…入院…。これはまずい…。…さて…どうするか…
 
と迷った結果、お見舞いに託つけて、『獅子寺の御守り』を持っていく事にした。

「塾へ行く前に寄った」

と言いながら、僕は宿題のプリントとさりげなく御守りを渡した。

「まぁ…。すぐ治るやろ…」

と笑ってその場を後にした…。

が、その直後から、露骨に僕は…影が見えるようになった…。嫌な気配…敵意…満々で…。

つまりこういう事か…。

彼女に御守りを渡したせいで彼女に近寄れなくなった…。

その原因となった僕に怒っているのか…。

しかしそれは言い換えれば御守りの効果があったという事と生徒はもう大丈夫という事でもある…。

…効果があるという事は…

僕は何の心配もせず、近くの休日に獅子寺へ行った。

久しぶりに見る六地蔵は笑っているように見えた…。

とりあえず僕はその影の正体も気にはなったが、お地蔵さんに手を合わせて

「この影を頼みます…。成仏させたって下さい…」

と祈った…。

その後、影は現れなくなり、生徒もすぐに退院したが、後から思い返して見ると、あれは『千と千尋の神隠し』に出てきた『顔無し』のような雰囲気に似ているように思える…。

つまりあれは『幽霊』の部類ではなく、『妖怪』の部類の『何か』の可能性…。

実際、あれの正体はたぶん…『道祖神』っぽい…。

後から聞いた話だが、その生徒は僕が影に気が付いた時から少し前に、自転車の運転を失敗して、道にあった小さな『地蔵』にぶつかって倒してしまったと言った…。

たぶんそれが原因だろう…。

僕はその場所を訪れてみた。

倒れたはずの石仏も誰かが直したのだろう、綺麗に花まで供えてあった…。

僕も持参の供え物をして、しっかりと彼女の分まで御詫びをしてその場を後にした…。

その翌日の休日、すごく久しぶりに行ったパチンコで13万8000円も勝った。(笑)  

何かあの影が許してくれたような…そんな気がした。